hamaji junichi

composer saxophonist

《変容の対象》2019年6月第1小節目を福島諭さんに送る。

 

いろいろ動いているが、まずは変容である。

 

先月は福島さんの動機の提示が早かったので、自分もそれにあやかろうと早くから書き始めた。今月も動機の提示は早い方だ。

 

先月の作品は自分なりに印象に残るものだった。組織自体はシンプルな方法論を採用したものであっても、それらの機能的なつながりがどこか新しいものを付帯していた。

 

いつもながらくたくたではあるが意識は醒めている。そんな状態で書き続けていたような前月だった。

《変容の対象》2019年5月第9−10小節目を福島諭さんに送る。

 

ブーレーズ全集のCDは今はdisc6。13まである。毎晩同じCDをかけ続け眠る。何かキリの良い日に次のCDに移行するという聴き方をしなければ全集のようなものは聴いたことにならない。6はチェロの作品が出色である。

 

何かのきっかけでalphaのm-65を3着買い、挙句今度はecwcsパーカーを買う。こんなことしか楽しみがないのである。これからクソ暑いのに。いつ着るんやである。我ながらどうかしていると思うが、取り憑かれているのである。憑かれると逃れることは難しい。

 

ゴジラの新作を見るのが当面の私の生きる動機である。

 

相も変わらずくたくたであるから寝る。

 

 

 

 

《変容の対象》2019年5月第7−8小節目を福島諭さんに送る。

 

今週はくたくたである。掃除をし、少し出かけ、あまりにしんどいので帰ることにした。今夜あたりに変容は送っておかなければならないと途中まで書いたものに向かう。こういう組織なので齟齬が隣り合わせであるからなかなかうまくいかず、途中で頭が沸いてくる。ただ最中では手を離すことができない。そこから目を離すことを赦さない何か、、、があるのだ。譜面というメディアは恐ろしいものだと改めて思った。

 

 

《変容の対象》2019年5月第5−6小節目を福島諭さんに送る。

 

自分の名前を誤変換で送るというのは如何なものか。呆けるにもほどがある。戒。

 

モーターヘッドのパーカーを買う。衝動買いである。ナパームデスのTシャツも欲しいのかどうか自分でも判然としないが、とにかく[gp]のライブの時などはうってつけ。ということでたぶんそういう理由付けで無理やり買うことになるはずである。モーターヘッドは全く聴かない。ナパームデスはハーモニー・コラプションまで。二十歳ぐらいのケツの青い、青すぎる頃の話である。ロックTというのも周期的に気になる時期がある。ロックには興味は露ほどもないがああいうデザインはやはり刹那的に魅かれるのはなぜか。ただひどく限定的で、モーターヘッドとナパームデス、パスヘッドのイラスト、S.O.Bのデザインだけ気になるのだ。

《変容の対象》2019年5月第3−4小節目を福島諭さんに送る。

 

日頃今月の第1小節目の動機の部分が頭の中を幾度となく走る。気付いたら鳴っているのだ。おおよそ習慣として、変容のことは常に頭にあるようになってしまっている。ある種の病理にも似た感覚でもあろうが、他人に判りようもない。さりとて誇りようもない。そのため風景が、世界が違って見える。というようなことも起こる。

《変容の対象》2019年5月

《変容の対象》2019年5月第1小節目は福島諭さんから1日に送られてきた。恐ろしく早いので驚いたが、その動機はまた私には相当難しくゴールデンウィーク中煩悶。その間にalphaのm−65、オリーブドラヴと黒を購入し、TRU-SPECのBDUシャツとカーゴパンツを買い、軍モノの服ばかりで一体誰と戦うのかという、、、「ふふっ。仮想の敵であるのさ」。とサイバーパンク風にハードボイルドを決め込む。というのとは違い単に今の一部のファッションの動向に同調しているだけである。ファッションとはつまりそういうもので刹那的価値しかない。ただその刹那というものを多分私は愛しているのだと思う。一瞬に括弧つきの「永遠」を封じ込めるとは詩人の特権であり、、、

 

いらぬことを書いていたらもう時間だ。福島さんの動機を見て、数年来常々やりたかったことをしようかと思ったのだけれど、今回は、いや、今回も見送り、見た目には普通に福島さんの組織とアンサンブルする組織を書いた。

 

送る。

 

 

今日は死ぬほどしくじったので何をしてよいかわからん。

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ペンデレツキ指揮であるこれを見入ってしまった。

 

 

 


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