hamaji junichi

composer saxophonist

《変容の対象》2016・12月10−11小節目を福島さんから受け取っている。

まだ書き始めていない。


今日はウェーベルンを聴きに行った。

漆原朝子・今峰由香デュオ・リサイタル。

息を飲むという言葉はこういう時にこそふさわしいと思った。

構造体として、次元が違う。明らかに。

どシリアスなアウラ。ヒリヒリとしたその表出したトポス。

この地でおそらくウェーベルンは初めて演奏されたのではないか。知らないだけか。いや、多分。

なんども音源芸術としてのop.7は聴いている。

しかし全く違ったものがそこに宿っていることを知った。

「どうせなんにも起こらん、、、」
もし誰かがそういう理由で、生で音楽を聴きに行かないとしたらそれは大きな誤りだ。

自分はこの4分余りの作品だけ演奏される演奏会であっても満足しきって帰途についただろう。実際にはそういう構成は興行(本来クラシック音楽はそういうものとは本質的に馴染まないものだ。)という側面を仮定すれば成立しえないプログラムだけれど、こういう音楽はそれだけの価値、すなわち金を払い、時間をつくり、そこに足を運ぶ。そう言った労力、謂わば「生活の一部を切り取って捧げる」だけの価値を持っているものだ。




Anton Webern Four Pieces for violin and piano, op. 7