2020-09-01 ■ 先月の変容の対象も無事fineを迎えた。 今は ぎふ未来音楽展2020 三輪眞弘祭 -清められた夜- プレイベント プロローグ「音楽の終わりの終わり」は、ここからはじまるーー。 https://miwafest.net 2020年8月28日(金) 19:00〜20:30 サラマンカホールよりライブ配信(視聴無料) 第1部 19:00~19:30 三輪眞弘による「三輪眞弘祭」プレゼンテーション [00:00:00-] 第2部 19:30~20:30 なぜ、いま「音楽の終わりの終わり」なのか? シンポジウム [00:30:12-] 出演(五十音順): 岡田暁生(音楽学者、京都大学人文科学研究所教授)、前田真二郎、松井茂、三輪眞弘 *司会:浦久俊彦(サラマンカホール音楽監督) 聞いている。 最近はあまりに疲弊し、どうしたものか途方にくれてもいるが、このような高い意識のトポス、概念の飛沫を間接的にでも浴びるのは私にとってはかけがえのない時間であり、、、 ** ドストエフスキーの「悪霊」を読んでいると埴谷雄高の「死霊」は大いなるそれのオマージュに見えてしまう。美術における「それ」のような、そう言った概念が文学に於いて可能かという問いも気配として見えるというのは僕の勝手な読み方ではあるけれど、音楽におけるオマージュしかり、そう言った文脈が脳裏に走るのは事実だ。読んでいる最中幾度となくかすめる。 ** 最近はテナーサックスの低音のヴォイスの重要さにやられ、マウスピースを新調し、アルトもリガチャーを20年ぶりに新調する。 ** 嗚呼。とりとめもなく疲弊していることだけ確かな感触がある。 ** 今日本屋に行ったら太宰治の「人間失格」が真っ黒な新しい装丁で並んであった。値段三百円ほど。今度買いたいと思う。