hamaji junichi

composer saxophonist

帰ってきました。

和歌山に帰ってきました。新曲を含め、2曲サクソフォン・ソロ・ピースを発表。聴いていただいたお客様。ありがとうございました。(Tちゃんもありがとう)

濱地潤一




いよいよ来月の発表http://www.lalanet.gr.jp/kinbi/event/neoneo.htmlの為動きます。昨日は空港に向かう時間まで、たまたま東京に来ていた福島諭さんとお会いできて、今年5月に初演(サックス奏者として演奏させていただきました)の福島さんの作曲作品「Amorphous Ring I」の譜面(決定稿で販売前のもの)を見せていただき(これが素晴らしい出来!)にやける。

新たな動きについて有意義な話も出来たし、来月の発表の為に何を為すべきかの確認も少しできたように思う。

mixiで福島さんに向けたコメントを載せたいと思う。私が使う「引用」という言葉について

「ご指摘のとおり、私にとっての「引用」はその対象をまさしく解体し、それを骨格まで剥がし、そうして論理の核を取り出し、そこから再構築させる為にのみあります。その、「為にのみ」を忘れてしまうとそれは救いがたい過ちを誘発するでしょう。私感ですが、「引用」という言葉にも様々な障壁が段階的に存し、引用という「概念」が持つ多層的な様相をあるとき認識したとき、私の音楽的根拠の意味も変わっていったことは重要です。つまり、引用からその背後に強烈に存する哲学を取り出し、そこから自らの哲学を発見する為に引用はあり、それを食い尽くす行為こそ重要なのだと今は言えるのかもしれません。それはまた変容を繰り返すものであることは自明です。」


こういったことを福島さんとはお会いする度に話しています。それは至福の時間でもあり、また作品に直接的、間接的に機能するもののようです。





composition,impressionの譜面を清書。するが、どうも正確に表記は出来ない。何故ならそこに演奏者の任意の意識が介在するようなパートがあり、それをどう記すかが問題だ。でも可能な限りそれは説明しなければならないし、たとえば、重音のパートなどの表記は図式として書かなくてはと思う。サーキュラーブリージングパートにもそれは言える。