hamaji junichi

composer saxophonist

《変容の対象》2014・6月第10−11−12小節目

福島諭さんより《変容の対象》2014・6月第10−11小節目を受け取る。


福島さんが今月は冗長というか、(増長と書かれていたので真意は読み違えているかもしれない)そういった感想を今の時点で感じていると書かれていた。一方で、僕の方はそういったある種の「変化の無さ」に焦点をおいていたので、面白く思った。作曲者が両極の感想をもつ。(アンビヴァレントな現象が内包されているということでもある。)確かに変化の無さ(福島さんがそう思っているとは限らない)は冗長で退屈と言え、この世のほとんどの事象ではそうだ。自分もことある毎に飽きるのが半端でなく、それは冗長であることが理由の場合が多い。スピード感というか、小説でも映画でもアニメーションでも致命的なものに思うこともしばしばで、それが認識されるとまずその後は鑑賞に耐えなくなる。まったく台無しにしてしまう。ところで、問題の音楽では、、、その冗長さ、退屈さ(と認識されうるもの。あくまでも「されうるもの」つまりはそうではない。)が意味を反転し、優れた芸術に転換されるのを僕たちは見てきた。前述の「ある種の変化の無さ」とは、実は言葉のレヴェルの閾で、つまり言葉ではそうとしか言えないものであり、実は変化はしまくっている。認識としては「変化していないようにみえる」それが実は「変化しまくっている」という、、、そういった領域を音楽はもつことが可能だ。

そういった意識の交換の内省が反映してかどうか、11小節目は組織を変えた。その後の12小節目は8分音符1音と8分休符ひとつの4分の1拍子で書く。


今日11−12小節目を送った。