hamaji junichi

composer saxophonist

「日々”hibi”AUG 7years mix[2008-2014]」

9月27日に和歌山を出て、岐阜に。《変容の対象》の9月の〆切も近く、また、もうひとつのsaxophone soloの為の《変容の対象》ver.SSも手がけているので、出発前の夜はそれら2作品をある程度進めておく必要があり、結局あまり眠れず朝8時過ぎの電車に乗った。映像作家の前田真二郎さんの作品「日々"hibi"AUG 7years mix[2008-2014]」が岐阜県美術館で28日に上映があり、また、27日には映像作家の齋藤正和さんの「休日映画 2009-2014」の上映がIAMAS ARTIST FILE #02として行われるので、日程を組んだ。IAMASは作曲家・福島諭さんの母校。

個人的なことを言えば、今年の後半に決まっていたり、予定のあった発表、、、自分が演奏するという、、、ものが全て反故になり、公の場で演奏することが自分にとって優先順位としては決して上の方ではないのだけれど、どこか別の地の空気を吸ったり、そこで起こることによって自身の内部に良い反応が起こることを期待していたようなところもあって、今回の前田さんの誘いはありがたかった。

名古屋駅のホームでモデルさんだろうか、、、芸能人丸出しのハーフの女性がホームで携帯の画面をスクロールしている。寝不足で惚けた頭と目がそれを追い、ウィリアム・ギブスンの「あいどる」をその時思い起こしたと言ったら、それはまったく嘘で、ここで思いついたつくり話なんだけれど、別の地というのは代わり映えのしない自分の住んでいる地とは見える現象も違う。

西岐阜駅に着き、映像作家の池田泰教さん、音響作家のウエヤマトモコさんに迎えに来てもらった。お二人とも久しぶりにお会いする。「埋没する3つbluesに捧げるcondenced music」の初演を記録してもらったお二人でもある。

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齋藤監督の作品「休日映画 2009-2014」を見る。齋藤さんは直接存じあげなかったけれど、前田さんの作品には度々登場しているし、「休日映画」「between yesterday&tomorrow」の作品も拝見していた。見た後、偶像化ということを思う。齋藤さんと奥様とお子様が主な登場人物なのだが、会場には皆さんいらしていた。映像化された人物で、また、自分との距離が遥かに遠い場合偶像化がその登場人物に対して起こるけれど、こうはっきりと偶像化という概念を認識したのはあまり記憶が無い。会場の出口で奥様とお子さんを拝見したが、ちょっと奇妙な感覚だった。こちらは映像で以前から知っている人たち、、、テレビや映画のあからさまな偶像(これはほとんど意識すらしない)ではなく、作品の性格からだろうか、なにか「やわらかな偶像化」が起こっているように思った。美術館を出るとき池田さんの車に齋藤さんが同乗されていたので、素人の感想としてそういうことを少し聞いてみたかったけれど、2、3分で前田さんの車に乗り換えたので聞けなかった。打ち上げでもご一緒したがその時も聞けなかった。なのでここに書いておこうと思う。


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朝、何度か目を覚まし、バラードの「ハイーライズ」を読んだりしながら明け方もう一度寝て起きる。前田さんからの電話で急いで下に降り、車で岐阜県美術館に向かう。途中で煙草を買いにコンビニによってもらいつつ、嫌煙の運動、あるいは瑣末な全体主義的な匂いの、、、雰囲気に目一杯悪態をつきファシズム(最早そうであろう)に抗う、、、その実なんら抗ったことにはならないのはわかっていてどうしてこういう物言いを吐露しなければならないのか、、、とも思うが口をついてでてくるのを抑えられない。ああいう人たちは差別を意識せず行使する。

福島さんに電話をかけ、もう会場の入り口に居るというので美術館の隅で煙草を吸い、おかりなさんというsol cordの方と福島さんとで開演までカフェに入る。おかりなさんは装丁のお仕事もされていて佐々木中の著作など制作されたといい、本の装丁なんて、なんて素敵なお仕事なんだろう、、、と思った。福島さんは例のイノセンス全開の微笑をたたえそこに居た。こういうのが本当の男前である。

前田さんの「日々"hibi"AUG 7years mix[2008-2014]」を見る。後半2013年あたりから心象の変化をその映像から受ける。あるシーンがそれが際立って感じられた。夜の緑。色彩の差異。気のせいかもしれないがそういう印象を感じ、こういう映像体験はこれでしか体験出来ない類いの、そういう時間だ。deep endに触れる。

上映後の前田さんの言葉にそのdeep endに触れる「なにか」が表出されていたように思う。


この作品を見る為に岐阜にきたのだ。


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打ち上げ後(興味深い話も多々あったが思い出としてしまっておこう)福島さんと少し話す。2、3《変容の対象》についての話と発表の話をする必要があった。午前3時過ぎ。


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次の日は朝みなでおちあい前田さんの車でIAMASのなかを案内してもらった。洗練された環境から洗練された創造性はうまれるのだろう。


福島さんは一足さきに新潟に。ぼくは新幹線で和歌山に。


さて、和歌山。百年の憂鬱にまた帰る。