hamaji junichi

composer saxophonist

今日も暗譜を。

暗譜したものをサックスで吹き、頭が呆となるまで繰り返す。気づくと意識はどこか中空を漂っていて指だけが勝手に動いている。そうなるまで吹き続け、、、つまりそうなったらそれ以上やっても無駄なので休憩し、読みかけのカーヴァーを読み、頭がすっきりしたところでまた吹きはじめる。同じ音形を違ったアーティキュレーションで。何小節分だろう。48小節ほどか。

その後、吹き疲れたので、アルトサックスのソロ作品の動機を書く。12音の音列を指定して順行、逆行による動機の導入部を書いた。反行形も使うかは分からない。最初から最後まで12音技法を採用するのではなく、あくまで動機を組織する為に12音技法を使うということだけは決めてある。以降は違うシステムを走らせる。

その動機を今月の「変容の対象」にも使う予定だ。今のところ。変容〜はソプラノサックスと決まっているので(勿論変更も可能だが)移調したものにする。移調するのについてはまあ迷うところかもしれないが、今回は移調する。自身のソロ作と「変容の対象」はまったく違う思想をもつ作品だけれど、同じ動機を持つ作品を時間を経て聴いた人が面白く鑑賞することも想定しているので、たまにこういうことを自分はやる。自身も後でその2つの作品それぞれを聴くことも当然想定している。

 今日も本屋さんに行って小川洋子著「ホテルアイリス」を買ってくる。未読の本はカーヴァーと小川洋子が大半をしめる。カントの「純粋理性批判」を読み返したいとか思ったりするが、アプリオリな云々〜を我慢強く今読める気がまったくしないのでいつも本棚にいるままだ。公房の「他人の顔」も探さなければ。どこにおいたか忘れた。まあおいおい。 


この季節になると小バエが1匹2匹ほど部屋の中を猛烈な速度で飛ぶ。あの速さは赤い彗星シャアなみだ。見ているといらいらする。だから殺生は嫌だが退治する。つまり殺すのだ。言葉を変えたところで本質はかわらぬ。言葉変え(言葉狩り)は人間が本質をぼかすのに使う顕著な例だが、くだらないと思う。

蠅の羽音は昔から忌み嫌われる音だが、あの小さな小バエも不気味な羽音をさせているのだろうな。聞こえんけど。蛆がわき腐乱した肉にたかる蠅の映像はつまり「死」への畏怖のイメージと同期するのだろうけれど、ペルゴレージの「肉体が死に滅びる時」のような「死」もあるだろう。夥しい蠅の羽音をサンプリングして、美しい旋律を奏でる弦楽四重奏と重ねる。こんな試みもきっとどこかの誰かがやっているのだろうな、、、とふと思った。